サラリーマンOBが独自の視点で解説する
マーケティング入門
第11回 本物と偽物
個人会員 金野 成男
これまで10回にわたり、マーケティングについて、その定義・実例・プロセス・そしてマーケティングオートメーションまで、あれこれ述べてきました。ところが、著者の能力の問題なのですが、マーケティングの全体像をうまく表現できないことに、「群盲、象を撫でる」といった、もどかしさを感じました。これはマーケティングの「リサーチからプロモーションまで」の守備範囲の広さも関係がありそうです。
この守備範囲の広さは、実践面での難しさにも影響しています。特にB2Bでは人脈を通じた営業が強く、マーケティングの効果が実感しづらいこともあろうかと思います。更に実践面において、パターン化されたマーケティング手法のフォーマットを事務的に埋めていくだけの「やってます」マーケティングでは実が上がってきません。
この「やってます」ナントカカントカはマーケティングに限らず、色々な活動現場でおこっている現象でしょうが、このような偽物でなく、本物のマーケティングとはどのようなものでしょうか?
60年ほど前に亡くなった実業家の話です。企業のトップだった彼は40歳を過ぎてある伝統工芸に目覚めました。普通の実業家なら作品を買い集めるところでしょうが、その実業家は自分で作る道を選びました。(先祖が集めた作品がたくさんあったのでしょう。)
趣味が高じて、自宅に作業場を作り、朝会社に行く前にひと仕事、会社から帰ると作業場に直行の毎日で、生涯に制作した作品は千個を超えると言われています。全国の産地を訪れ、20才近く年の離れた若手職人とも親交を結び、作業場には、職人、評論家などその道の専門家が訪れ、さながら梁山泊だったようです。その中で特に親交の深かった職人3人は後に人間国宝になっており、その実業家の人を見る目の確かさと、彼らが職人から芸術家に昇華するための精神的支柱になったことが伺われます。
10年ほど前、都内の美術館で現代作家の作品が一堂に会した美術展があり、その実業家を含め有名な作家の作品が並んでいました。さすがに見ごたえのある作品が並んでいましたが、その中のある作品が目につきました。ところがずっと眺めていると何となく卑しさが感じられてきます。作家の名前を見て納得、有名な作家ですが贋作騒ぎで有名になった人でもあったのです。いくら技術があっても偽物は偽物ということでしょう。
その実業家によると、本物と偽物を見分ける目を養うには「本物をたくさん見る」ことだそうです。また、その時に値札など見ないで先入観なしにじっくり眺めて、フラットにスキかキライか自分の見る目を信じることも大事です。
それでは、マーケティングにおける「本物」とは何でしょう。
マーケティングの教科書に沿ったR-STP-MM-I-C注の従来の長いプロセスで行っているのは、売り手の商品もしくは売り手自身の価値(売り)と顧客の求めるもの(顧客価値)のマッチングです。
マーケティングオートメーション(MA)を訳せばマーケティング自動化ですが、プロセスはかなり異なっており、単純に言えば従来の手法が、売り手から「売り込む」(プッシュ型)のに対し、MAのポイントは顧客が「買いに来る」(プル型)ように仕向けることにあります。プル型においては、マーケティングの出発点である「売り手/商品の価値」が一層重要になります。
したがって、自身の価値/商品の強みをとことん突き詰め本物にすることが、マーケティングのスタートであり、基本といえるでしょう。価値が本物であれば、ドラッカーの言う「マーケティングの目的は、販売を不要にすること」の第1歩を踏み出すことができるでしょう。
(完)
注:R-STP-MM-I-C: マーケティング手法 R(リサーチ)、STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)、MM(マーケティングミックス)、I(インプリメンテーション=実施)、C(コントロール=管理)
以上