エピソード: アメリカのお金持ち 

 個人会員 仲田 清

 前回と同じく、米国駐在中の話です。ある中堅商社のヒューストン駐在員仲間から新しい技術の紹介を受け、本社と相談し、技術提携交渉を進めることになりました。下交渉のため、ヒューストンから交渉先の会社のあるミネアポリスまで約3時間かけて何度か往復し、正式交渉までこぎつけました。

 交渉先の会社は技術を開発した社長と、地元の有力者が副社長のベンチャー企業で、社長はオランダの大手エンジニアリング会社からミネソタの大学に転職してきた技術者で、実質は地元有力者の副社長がスポンサーとして経営を主導していました。

 契約書のサインまで予定していたので、当社からは交渉担当者だけでなく事業部長の役員が参加しており、気を使ってくれたのか、交渉の山を越えた3日目の午後から副社長の自宅に招待を受けました。ミネアポリスのあるミネソタ州は“Land of 10,000lakes”の別名の通り湖が点在しています。Google Mapでミネアポリス近郊の湖を拡大してみると、プール付き桟橋付きの豪邸が湖を取り囲んでいます。副社長の自宅もそんな湖の一つミネトンカ湖の湖畔にありました。

アメリカの金持ち

 水着に着替えて裏庭に出るとそこはもう湖畔です。船台スロープには大きなヨットが上架されたおり、桟橋にはモーターボートで副社長が待っていました。思いもかけずミネアポリスで舟遊びとシャレ、沖に出ると更にサプライズで水上スキーを交代で体験しました。なんとか緩やかなスラロームをマスターしたところで、今度はウインドサーフィンも初体験。夕方まで水遊びを楽しみ、家庭料理に舌鼓を打って奥様にお礼を言ってホテルに帰館しました。

 無事、交渉が妥結し契約書にサインが終わりミッション帰国の前日、今度は副社長がメンバーのクラブでの鴨猟に誘われました。まず射撃場で銃の使い方の指導とクレー射撃の練習をしてから、クラブ内の猟場で猟を楽しみました。意外と当たるものです。猟の後クラブハウスで鴨料理を堪能し、鴨肉の御土産まで貰いました。

 湖畔の豪邸に自前の船着き場、メンバー制の猟場(というより鴨猟クラブ)と、さすがアメリカと感心しましたが、クラブには猟場だけでなくゴルフコースもあり、しかもクラブの運営費を1年間で締めてそれを毎年メンバーで割り勘(?)と聞いて、本当のお金持ちの生活に改めて度肝を抜かれました。でもこのレベルの金持ちだったらアメリカにはうじゃうじゃ居るんでしょうね。

 なお、遊んでいただけでは無い証拠に、技提交渉の手順とポイントを、供与を受ける立場から紹介します。

  1. 事前調査:オープンになっている資料を使って技術の独創性・特許性、市場価値の事前調査を行います。
  2. 面会:可能性があるとなったら、面会し、説明を受けると同時にお互いの信頼関係を作る。顔合わせすることで、その後の交渉がスムーズにいく可能性が上がる。
  3. 技術評価/査定:秘密保持契約を結んで、供与元から詳細な技術資料などの検討資料の提供を受けて、より詳細なFSを行い、契約条件の考え方を決める。その時に譲歩のリミットを決めておくと良い。そうすることで交渉の際相手のペースでズルズル条件を譲歩することを防げる。
  4. 主要契約条件の交渉:①技術移転料、②実施料、③テリトリー、④独占/非独占⑤改良特許の権利など、主要な契約条件の協議。
  5. 契約交渉:合意した条件を条文化し、条項ごとに文言の確認と交渉を行う。どちらがドラフトを作ってもよいが、できるだけこちらで作った方が交渉が有利に進められる。
  6. 契約:両社代表による契約書サイン
  7. 社内承認:会社によっては社内(取締役会など)決裁が必要な場合があります。その場合には契約書にその旨記載しておく必要があります。

 上記のミネアポリスのケースでは、主要条件はほぼ決まっていたにも関わらず、最後の契約交渉の条文ごとの詰めに3日かかりました。文章化する過程であやふやだった点が顕在化し、それを一つづつ潰していく訳です。

 その後、国内外で技術提携や業務提携の交渉に関与しましたが、交渉だけでなくその後の関係がうまくゆく秘訣は、お互い譲り合うことでしょう。この種の交渉では55%言い分が通れば成功、60%行けば大成功です。逆に100%言い分が通る場合は、相手が契約に無知か守る気がないことが多いので要注意です。

以上


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