サラリーマンOBが独自の視点で解説する
マーケティング入門
第9回 マーケティングと行動経済学
個人会員 金野 成男
一年ほど前に追浜の古本屋の店先にあるセールワゴンを眺めていると「行動経済学の逆襲」という文庫本上下巻2冊、値段にひかれて440円を払いました。
しばらく机の上で文鎮替わりになっていましたが、最近ナイトキャップ代わりに読み始めています。
行動経済学
行動経済学とは経済学に心理学的アプローチを加えたもので、合理的な行動により到達すべき結論と実際の結果との差異に着目してその理由や理論を研究する学問です。2002年のノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンや上記「行動経済学の逆襲」の著者で2017年のノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーなどが提唱者と言われています。
行動経済学の代表的な理論の一つが、「プロスペクト理論」です。Wikipediaによれば「不確実性下における意思決定モデルの一つ。選択の結果得られる利益もしくは被る損害および、それら確率が既知の状況下において、人がどのような選択をするか記述するモデルである。」とあります。この理論は上記ノーベル賞受賞者のカーネマン達の提唱した理論で、行動経済学が世に出るきっかけとなったものです。
皆さんは、①1万円を無条件で貰う、②50%の確率で2万円貰えるくじを引く、のどちらを選択しますか? 今度は、㋐1万円の罰金を無条件で払うか、㋑当たればタダ、外れたら罰金が2万円になるくじを引く、ではどちらを選ぶ?
本によると最初の設問では約7割の人が①を選び、2番目の設問では2/3の人が㋺を選んだそうです。何故①を選ぶのに㋑ではなく㋺を選ぶのか、理論的には50:50であるべきだし、①を選ぶ人は㋑を選ぶのが論理的ではないか? このような疑問に対して答えたのが「プロスペクト理論」です。
ナッジ
マーケティングにおいて行動経済学が注目されたのは、たぶん「ナッジ」理論でしょう。これは「行動経済学の逆襲」の著者でもあるリチャード・セイラーとキャス・サンスティーンが2008年に出版した本の中で提唱した理論です。
ナッジ(nudge)を辞書(英辞郎)で引くと
- 〔注意を引くために・合図するために肘で人を〕軽く突く[押す]
- 〔軽く押して~を〕ゆっくりと[少しずつ]動かす
- 〔ある段階や標準に〕近づく、近寄る、接近する
- 〔~するよう人を〕優しく[丁寧に]説得する「(注意を引くために)軽く突く。
とありますが、行動経済学の世界では上記の本の中で『選択をする人が、自分にとってより良い結果になるであろう決定を、選択者自身の判断に基づいてするように、選択に影響を与える』ことと定義されています。ナッジの例として、昼勤と夜勤の制服の色を変えることで看護婦の残業を大幅に減らした病院とか、納税通知書に地域の納税率を記載することで納税率が上がった自治体があります。身近なナッジの例では、公衆トイレの小便器の真ん中に赤丸を付けることで清掃費が8割下がったそうです。
ナッジの営業・マーケティングへの適用
「鰻重の松竹梅、松は高いなー、でも梅じゃみすぼらしいので、竹にするか。」3段階のプライシングで真ん中を選択するように誘導するのもナッジです。松と竹の値差を竹と梅より大きくするとより効果が大きくなるでしょう。
ナッジのマーケティング活用例としてよく紹介されているのがメールマガジンの例です。例えばWEBサイト等に記事概要を紹介し、全文を読みたければメルマガ購読登録するように誘導し読者を増やすことができます。登録解除(オプトアウト)は手間なので、記事がある程度魅力的なら多くの読者はなかなか解約しません。
マーケティングにナッジを活用するうえで、その施策評価のフレームワークとしてよく出てくるのがEASTです。
Easy(簡単・簡潔) | 簡単・簡潔であるということが重要。 メッセージはシンプルに。手順は簡単に! |
Attractive(魅力的) | 相手の注意を引く工夫をします。 人の損失を回避するという特性を活かすことで、行動を起こすきっかけを与える。 |
Social(社会的) | 人の持つ社会性を活用。 周りの人もみんなやっているというメッセージで、同じ行動へ誘導。 |
Timely(タイミング) | 実施するタイミングが適切であるかどうか。 ニーズが高まっているときに、情報を提示。 |
これらの視点は、B2Cのe-コマースだけでなくB2BでもWEBページや、メルマガ作成では有益です。
最後に、「行動経済学の逆襲」を紹介します。
この本は、“MISBEHAVING The Making of Behavioral Economics”のタイトルで2015年に出版され、日本版は2016年に早川書房から出ました。私は2019年の文庫版(ハヤカワノンフィクション文庫)です。
著者のシカゴ大教授のリチャード・セイラー博士は行動経済学の提唱者の一人で、冒頭にも記したように2017年のノーベル経済学賞を受賞しています。
この本は、1970年代から現在に至る行動経済学の黎明期から経済学の1分野として確立するまでの経緯とその間の彼と仲間たちの活躍の記録で、サクセスストーリーとしても、行動経済学入門書としても楽しく読めます。経済に興味のある方は是非ご一読ください。
以上