サラリーマンOBが独自の視点で解説する
マーケティング入門
第9回 顧客価値
個人会員 金野 成男
マーケティングの原点である顧客価値について、前回は高尚なケースを取り上げましたが、今回は同じ商品であってもお国が変われば顧客価値も変わる話です。
現役時代、各種プラント用の機器・機械の営業を担当していましたが、その中に当社の国内シェアが3/4を超える機械がありました。といっても更新需要中心の年間50億程度のニッチな市場です。
上に当社のシェアが3/4と書きましたが、プラント建設が活況を呈した1960年代/70年代は何社も機械メーカーがあったのが、建設が下火になるにつれ市場縮小に合わせ1社減り、2社減り、メンテ中心にたまに機械更新で規模が20億市場になった90年には残った3社のうち1社が解散し当社が人と技術を引取りました。残った2社のどちらが先に音を上げるかまで業界の状況は追い詰められており、2003年に相手が先にギブアップ、当社が再び人と技術を継承することで決着しました。
なお、小さな市場とは言え事実上市場独占になるので、営業譲渡の可否について公正取引委員会に説明に行くというめったに出来ない体験をしたのも、今となっては良い思い出です。
私がこの機械の営業を担当した2000年は正に更新需要の底で、当社と競合のどちらが先かと撤退論が真剣に議論されている頃でした。プラントと言っても初めての業界で、先輩に附いて顧客と会い、現場の稼働している機械を見て歩き、この機械の特性、顧客の求めているもの、売り手の立場から見れば“売り”、即ち“顧客価値”の定義と施策の提案を行い、部門の方針として採用されました。
「プラントを止めない」
「環境に優しい」
(当たり前と言われそうですが、このプラントは工場全体の基礎原料を生産する工程に位置しており、このプラントが止まると工場全体の操業に影響すること、また多くのプラントが老朽化しており、24時間連続操業の高温で操業条件の厳しいプラントを止めないことは最重要課題でした。)
具体的な施策として、管理台数の多さを武器に、
「プラントを止めない」:稼働中の機械の診断とカルテ作成。予防的メンテの提案。 (本当は操業中の機械稼働データをPLCから取得して、リモートメンテをやりたかったのですが、生産量など操業の詳細が一目瞭然となるため、さすがに出来ませんでした。)
「環境に優しい」:新型環境部品の提案。
顧客との対話を通じて、高温(1200℃)観察装置や、新型集塵装置の開発・商品化にも結び付きました。
さて、国内は御用聞き営業から顧客価値の定義を通じた提案型営業への移行で一息ついていたので、昔納めた韓国、中国の顧客への展開が次のテーマとなりました。
まず韓国。前回納入してから30年経ち、いつの間にか欧州メーカに市場を押さえられており攻略は時間がかかりそうです。
一方の中国、日本が建設してから20年。協定によりローカルメーカがコピープラントを建設していましたが、その間日本のプラントは上記安定操業、環境対策の他、自動無人運転など進化を遂げていました。年率10%の急速な成長中の中国も同様なニーズがある筈と、勇んで乗り込みました。
現地のパートナーと一緒に大連、瀋陽、北京、天津、河北省(場所は忘れました)とPRして廻りましたが、感心してくれるものの、今一息食いつきが悪く不思議でした。実際にプレゼンに併せて現場を見ましたが、まずプラントに近づくと上空が薄もやに包まれて何となく匂いもしており、現場に入ると稼働していない機械が多く、修理中の機械には人が群がっています。
どうして安定操業(稼働率アップ)や環境対策のニーズがないのか、中国全体での生産能力と年間生産量を統計で調べると、能力過多であることが判明しました。即ち、低操業率なので故障しても修理の時間はたっぷりあり、人件費が安く人も多いので修理費も掛からないため、初期コストが低いほうにインセンティブが働きます。
整理すると基本機能は同じでも、求める付加価値が異なることが明らかになりました。
日本:高操業、高い人件費、厳しい環境規制⇒
故障の少ない高い信頼性、予防保全、無人運転、環境対策機器
中国:低操業、安い人件費、緩い環境規制⇒
安い初期費用、安い部品、故障してから修理、表面的な環境対策
即ち、マーケティングのスタートであるセグメンテーションに於いて、中国セグメントは日本メーカ(少なくとも当社)にとっての市場でなかったわけです。結局、中国は製作拠点として活用しましたが、市場としては環境装置をライセンスしたのと、1億程度の機械を1台売った程度で成功しませんでした。
なお、上記に紹介したのは2000年初頭の状況で、中国の生産量が10倍になり世界一になった今は大幅に状況が変わっていると思います。
余談ですが、この機種に関しての海外展開では、台湾や韓国で環境関連機器を受注したほか、欧州メーカとの協業交渉などで、アジア、欧州、米国と世界各地へ出張できたのは楽しい思い出です。
以上