時候
8月の季語 「赤とんぼ」
赤とんぼとは
赤とんぼは8月の季語。青空に群れをなして飛んでいる赤とんぼは印象的だ。
だが、赤とんぼというトンボが存在するわけではない。通常はトンボ科アカネ属(アカトンボ属、Sympetrum属)に属するトンボを総称して呼ぶが、狭義には秋に平地に群を成して出現するアキアカネ(Sympetrum frequens)のみを指すことがある1)。
童謡 赤とんぼ
夕焼小焼1)のあかとんぼ
負われて2)見たのはいつの日か
山の畑の桑の実を
小籠(こかご)につんだはまぼろしか
【註1):小焼(こやけ)は、語調を整えるために添えたもの(『日本国語大辞典』)、夕やけがだんだん薄れること(『新明解国語辞典』)、の2つの意味がある、といわれる。
註2):「負われて」とは「背負われて」のこと。】
三木露風が、故郷である兵庫県揖保(いぼ)郡龍野町(現在のたつの市)で過ごした子供の頃の郷愁から、1921年(大正10年)に作ったといわれ、同年8月に『樫の実』に最初に発表した。その後、12月に童謡集『真珠島』で一部修正する。この詩に、1927年(昭和2年)、山田耕筰が曲をつけた。たつの市の童謡の小径に記念碑が建立されている2)。
1955年(昭和30年)2月に封切られた映画『ここに泉あり』(高崎の市民オーケストラが、群馬交響楽団へと成長する草創期の実話を舞台としたヒューマンドラマ)の挿入歌として用いられ、1961年(昭和36年)に封切られた映画『夕やけ小やけの赤とんぼ』の挿入歌としても用いられる。いずれも、作曲者の山田耕筰が特別出演している2)。
1965年(昭和40年)10月にはNHKの『みんなのうた』でも紹介された。1989年(平成元年)に「『日本のうた・ふるさとのうた』全国実行委員会」がNHKを通じて全国アンケートにより実施した「あなたが選ぶ日本のうた・ふるさとのうた」で、「赤とんぼ」が第1位を獲得した2)。
もう一つの夕焼け小焼け
夕やけこやけで 日が暮れて
山のお寺の 鐘がなる
お手々つないで みなかえろ
からすといっしょに かえりましょ
「夕焼け小焼け」は、1919年(大正8年)に発表された中村雨紅の詞に、草川信が1922年(大正11年)に作曲した童謡である。
この歌の情景は、雨紅の故郷である東京府南多摩郡恩方村(現在の東京都八王子市)のものである。彼の生家近くにある「夕やけ小やけふれあいの里」前には「夕焼小焼」バス停が設置され、高尾駅と陣馬高原下を結ぶ西東京バスの路線バスが停車する5)。
赤とんぼの俳句
- 染めあへぬ尾のゆかしさよ赤蜻蛉(与謝蕪村『落日庵句集』)
【尾までは赤く染まり切っていない、赤とんぼのゆかしさよ】
- 町中や列を正して赤蜻蛉 (小林一茶『文政句帖』)
【赤とんぼが町中を列を正して群れ飛んで行く】
『一茶発句全集』(一 茶 発 句 全 集 (janis.or.jp))
- 赤とんぼ筑波に雲もなかりけり (正岡子規『草雲』)
【筑波山の空には雲もなく青空の中を赤とんぼが飛んでいる】
- 肩に来て人懐かしや赤蜻蛉 (夏目漱石 随筆『思い出す事など』)
【まるで懐かしい人に会ったように肩に停まっている赤とんぼを見て愛しく感じたのであろうか】
- 生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉 (夏目漱石『漱石句集』)
【胃潰瘍による大量喀血で生死の境を彷徨った漱石が、何処までも高く青く澄んだ秋の空とその中を彩なす赤とんぼの美しい光景に生きていることの感慨を詠んだものといわれる。岡山市の文化の小径に句碑がある(生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉 (urawa0328.babymilk.jp))。】
- 霧島は霧にかくれて赤蜻蛉 (種田山頭火『行乞記』)
【遠くに見えるはずの霧島は霧に隠れて見えない。目の前を飛んで行く赤とんぼだけが寂しさを癒してくれる】
参考文献
- 『ウィキペディア』「赤とんぼ] 2023年8月参照
- 『ウィキペディア』「赤とんぼ(童謡)」2023年8月参照
- 『日本国語大辞典』第二版「小焼け」 2003年1月 小学館
- 『新明解国語辞典』「小焼け」三省堂
- 『ウィキペディア』「夕焼け小焼け」
- 『広辞苑』第六版「驟雨」 新村出 2018年6月 岩波書店
- 『日本国語大辞典』第二版「白雨、慈雨、夕立は」 2003年1月 小学館
- 『蕪村名句集』与謝蕪村 俳句研究会 編 文進堂書店 昭和9年 国立国会図書館ディジタルコレクション
- 『其角俳句集』俳人叢書 第2編 小沢武二 春陽堂 大正15年 国立国会図書館ディジタルコレクション
- 『五元集』宝井其角 昭和7年 明治書院
- 『季語別子規俳句集』松山市立子規記念博物館 編集・発行
- 『山頭火全集』第5集「行乞記 山口」種田山頭火 1986(昭和61)年11月 春陽堂書店
- 『俳風柳多留』山澤英雄校訂 1995年 岩波文庫
- 『かかし長屋』 半村良 集英社文庫 2001年12月
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