エピソード: プロジェクトを進める4つの“キョウ”

個人会員 仲田 清

 30年ほど前、まだ経済産業省が通商産業省とよばれ、海外から“Notorious MITI”と恐れられていたころの話です。

 通産省/NEDO委託事業による環境問題に関する研究プロジェクト、所謂ナショプロが発足することになり、プロジェクトの事務局に出向しました。プロジェクトは年間予算10億以上、研究期間10年、16社におよぶ参加企業及び団体という大型のプロジェクトです。
 事務局には、全体を纏める管理部とプロジェクト実務を担当する技術部にPJ参加企業から出向し、私は技術部次長としてプロジェクトの研究開発費の予算管理を担当しました。
 参加企業の連携組織としては、各社研究開発実行部門課長クラスの技術委員会、そのお目付け役の開発/企画部門部長クラスの業務委員会、そして開発担当役員クラスの運営委員会を頭とする3層構造となっています。(ナショプロの研究組合はどこも同様な形態だろうと思います。)
 予算も通り、受託にも成功しPJがスタートしました。とは言え、重工、重電、石油、化学、ゼネコンなど日本を代表する錚々たる企業群、企業ごとに文化も違い、まして業界が異なると異文化の世界です。毎月開催する技術委員会では研究のベクトル合わせが大変でした。そこで技術委員長と相談して技術部が考えたのは「飲みにケーション」です。こうした地道な努力(?)のお陰か初年度が終わるころには技術委員同士の連帯感が生まれてきたように思います。
 2年目に入り、誰が言い出したか沖縄で技術委員会を開催する羽目になりました。沖縄に3カ所ある研究分室(参加企業の指定研究施設を分室と称します)にお願いし、そこの見学と研究発表会をセットにして、沖縄ツアーを企画しました。これは研究者の皆さんに喜んで頂けた様で、参加者も多くその後のスムーズなPJ運営にも役立ちました(?)。

 技術委員、研究者間の絆は強まりましたが、目立ったんでしょうね。「奴らは飲んでばかりで、仕事をまともにしていない。けしからん」とばかり、お目付け役の業務委員会に呼び出され、各社お歴々の居並ぶ会議室の前に立たされました。何らかの申し開きをしなければなりません。
 『共同プロジェクトを推進するためには、4つの“キョウ”が必要です。』とホワイトボードに“共”、“供”、“競”、“協”の字を書きました。『たまたま共に集まった研究者が、供働して研究し成果をだし、次は競争によってより成果を確かなものにし、最後は協力することで目的を達する。』、『共から供になるためには、お互いのコミュニケーションが重要で、飲みにケーションによってやっと人ベンが付いた供になってきたところです。』「それでプロジェクトは上手くいくと保証できるんだな。」『それは分かりません。』「・・・・」
 何とも締まらない幕切れでしたが、それ以来追及が無くなったので何とか乗り切れたようです。
我ながらとっさに良く思いついた、と今でも冷や汗ものですが、共同、競争、協力の組合せはプロジェクトだけでなく組織で仕事をする上で必要な事だと言えます。
 さて、プロジェクトの立ち上げから約2年半、プロジェクト運営が軌道に乗るまで出向していましたが、その間ナショプロならではの貴重な経験をしました。

  1. 検査:通産省/経産省関係の研究開発プロジェクトは大半がNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)経由で民間等に公募で委託されます。研究費は国の金即ち税金ですから、無駄使いしていないか厳しくチェックされます。年度明け早々に、その頃は池袋サンシャインビルにあったNEDOに関係書類を持ち込み専門官による検査を受けます。全体を集計した事務局資料の段ボール、16分室ごとの集計およびその確証の入った段ボール、全部で17個の段ボールを新橋の事務所から池袋までタクシーに分乗して運びました。この分野のナショプロは国としても新しいため、メンバー全員初めての検査ということで緊張しましたが、受けて見ると品質マネージメントシステムの監査とよく似ています。
     即ち、「トレーサビリティとエビデンス、そして決められたルール通りかの3点です。」 トレーサビリティを意識した対応のお陰か、初めてにも拘らず高い評価を貰い、翌年新しいPJが「NEDOさんの紹介で来たんですが。」と要領を聞きに来ました。
     検査と言えば、泣く子も黙る会計検査院の検査があります。PJ期間中に1-2回はあるだろうと言われていましたが、残念ながら在任中に当たりました。会計検査は官庁の予算の使い方を検査するものなので、NEDOは勿論、通産省の担当課もピリピリしており、検査で受けた指摘事項は逐一報告です。基本はNEDOの検査と同じですが、会計検査院の場合はさらに、そもそもこの研究は必要なのかと、原点まで踏み込みます。幸い現場レベルでの大きな指摘は無く、無事終了しました。そもそも論については検査院と原課の折衝になります。ちなみに会計検査院の検査官は昼食代もきっちり支払って領収証を出します。
     
  2. 通産省流ロジックの立て方:該当する予算を担当する本省の部門を原課といい、予算獲得から執行に至るまで責任を持ちます。通産省⇒NEDO⇒委託先なので、通常は原課と委託先が直接やり取りする機会はあまりないと思いますが、このPJの特殊性から原課とプロジェクト室との距離が近く、技術委員会に、そして委員会後の飲み会にもしょっちゅう課長補佐(30代)が参加するなど、年が近いこともあり課長(40代)とも気楽に話していました。ところが、部長クラスだと良くて課長補佐が対応といわれる位、課長は雲の上の人で、イザという時の威光はさすがでした。
     さて、国会の予算審議の質問待ちで、参事官(課長と同格)と深夜待機したことがあります。本庁の参事官の部屋で二人、1-2時間いろんな話をしましたが、彼から通産省流起案書の作り方を教えてもらいました。「まず、事実を積み重ねていく。途中で仮定をいれ、再び事実を並べることで主張したい結論に導くことができる。」即ち、AはBである。また、BはCである。ここでCはDと仮定する。DはEなので、AはEと想定される、といった感じです。言い方を変えると建前を並べて、途中に本音を潜り込ませ、また建前を並べていくことで、本音を違和感なく主張するわけです。これは会社に戻ってからの稟議書の書き方の参考になりました。
     
  3. 通産省流開発:通産省(経産省)は経済官庁なので、同省の扱う研究開発は産業技術の開発、即ち産業の発展に資する応用研究・開発研究です。従って建前としては成果を実用に供しうることが求められます。勿論目に見える成果は必要(建前)ですが、実際の開発指揮やキャリアと会話していると、企業が自社の技術基礎体力をつけるのに上手く予算を使うのを奨励している(本音)感じがし、キャリアの懐の深さを見る思いでした。(最近は見る目が厳しいので、もっとせちがらくなっている可能性があります。)


 これら以外にも、予算消化(「予算が余るとみんなの迷惑」と年度末になるとお達しが廻ってきます)とか、消費税の処理方法(この年消費税が導入され、端数処理に苦労しました)、特命理由書の書き方、等々、普段の民間企業では経験しなかったような2年半の竜宮城?の生活を終えて帰任しましたが、幸い浦島太郎にならないで復帰出来ました。

  


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